神のみぞ知るセカイ 第5話

 なるほどなぁ。3次元アイドルと2次元アイドルの比較という方法論を、脚本に持ち込んだのが、新しいっちゃ新しいのかなぁ?。で、次に落とし神がターゲットにするのは、「3次元アイドル」の女の子という事か。といっても、作画も声優もいてアニメ上は「2次元」なんですけどね。という訳で、「神のみぞ知るセカイ」 第5話の感想です。この後、書きませんが、相変わらず、伊藤かな恵エルシイ可愛いすぎです。

 落とし神さんは、2次元アイドル派なのに3次元アイドル評論家並みの批評を繰り広げます。私的には、AKB48の人気の盛り上がりとかを踏まえると、3次元アイドル10年周期説というのを思っていまして、お客の側が入れ替わる、つまり、3次元アイドルの主要な客層の10代後半が入れ替わるごとに、新しい3次元アイドルが生まれてくるという事で、3次元アイドル自体に新しい方法論はないと思いました。
 AKB48の商品としての方法論は、おニャン子の焼き直しだからなぁ。おニャン子は、フジテレビの商品、AKBは、秋元康個人の商品、その違いだけだし。

 話を「神のみぞ知るセカイ」 に戻すと、「3次元アイドル」の方が落とし神さんにアプローチしてきて、学校の中でステージを開いたりして「3次元アイドル」の魅力で、落とし神さんを落とそうという展開。
 でも落とし神さんは、華麗にスルー、3次元アイドルが「3次元アイドル」として落とした後には、「アイドルとファン」という恋愛NGな関係性があるのをまるで見透かしている様です。作中では、そう言わず「甘いイベントは毒イベント」なんて言って、視聴者も謎にかけようとしているみたいです。

 要するに「3次元アイドル」さんは、「アイドルとファン」という関係性に持ち込もうとしていて、落とし神さんはそれを拒否して「男女」の関係に持ち込もうとする、精神的なつばぜり合いが行われています。なんで「3次元アイドル」さんが、落とし神さんにそんなにこだわるのかは、よくわかりません。落とし神さんにそういう属性があるというのが、後の話で説明されるんでしょうが、それは、通常は起こらない、この対立軸をつくるためなんでしょう。

 で、「3次元アイドル」さんが、落とし神さんを落とせないで、「自己愛の延長=みんなに愛される自分としての3次元アイドル像」に失望して消えちゃった所で、第5話は終わりました。「3次元アイドル」さんはスタンガン振り回したりして、自分を愛さない他者を徹底的に嫌うんだよなぁ。
 神谷浩史が「自分の出ないアニメなんて終わればいいのに」位言うのと、近い論理なんだろうなと思いました。

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